今回は、『ミドルノートにさよなら』です。
表題のミドルノートは、香水を付けてから香るまでのタイミングに関する用語のようで、トップノート、ミドルノート、ラストノートに分類されるらしい。
性転換というセンシティブな話題は、ガガガ文庫ではミモザの告白なんかも近しいものがあり、不可逆で理不尽な症状にどう向き合うかが描かれていましたが、場面が飛び飛びなのもあったりで、キャラクターへの感情移入があまり出来ませんでした…。
あらすじ
清葉女学院に通う九重彩音と桜庭真白はお互いを愛し合っていた。しかし、真白が特発性性転換現象に見舞われ、その関係に亀裂が入っていく。
少しずつ男になっていく真白に対し、彩音は担任を脅迫してまで守り通そうとするが、結局変わりゆく真白を受け入れる事は出来なかった。そんな2人を辛うじて繋ぎ止めていたのは音楽であった。
感想
最初は百合っぽさがあり、途中で真白が性転換する事でシンプルな男女の関係に落ち着くかと思いきや、彩音はそれを受け入れられず突き放し、それでも最後は結ばれるという話でした。
これを先ほどの香水の話に当て嵌めると、ミドルノートが断絶した高校時代に当たり、ラストノートが友達としてスタートしてから終盤の10年後の話になるのかと思います。
何だかんだで10年後も2人は交流を続けていながらも、その仲は進展していなかった訳ですが、彩音が結婚してしまいそうとなった事で、ミドルノートでの不和は捨て去って、存在の大きさを再認識する、という感じでしょうか。
特発性性転換現象について、体は男で心は女みたいな症例は聞き齧った事があったのですが、本作におけるそれは、身体まで対比する性に転換するというのは驚きでした。
つまり、ドジで体の小さかった真白が徐々に沢山食べるようになり、身長が伸び、肩幅が大きく、果ては生殖器まで変容するというのだから、凄い事です。
表紙のイラストから、途中の男になった後の挿絵の変わりようにもハッとさせられました。
原因もなく、それを止める事も出来なければ、修復する事も出来ないとなれば、諦めて身を任せる他なく、そのショックさは痛いほど分かります。
ましてや、2人が通うのは女学院なので、周囲から浮いてしまうのも時間の問題となります。が、案外カミングアウトに際して周囲が温かく見守ってくれてたのは、1つの救いではあったと思います。
さらに、今作で大きな意味を持っていたのは、彩音は真白の歌声に救われた過去があるという点であり、その声までもが男のものになっていく過程は胸が締め付けられました。
好きだった真白が別の人に変わっていく…、それを指を咥えている事しか出来ない彩音。そんな彩音は変わりゆく真白に対して、前のようには振る舞えないようになっていく。
そう強く当たる理由には、彩音もまた性転換の経験があったから、という開示にもびっくりしました。入学前に男から女に変わった過去があるという。
側から見れば、どっちにしたって男女のカップルで良い事だとは思ってしまうのと、性別が変わる経験をしているなら尚更優しく出来るのではとも考えてしまいますが、お互いが女同士の時が1番上手くいってたという事なんでしょう。
性別が変わるだけでも別の人間と思えてしまうのは、何となく哀しい気もしますが、それだけ男女の間には見えない壁があるという事なんだろうなぁ。
とまぁ、そんな感じで400ページあって最初は身構えもしましたが、改行が多かったりで読み易さはありました。190ページ辺りまでがプロローグみたいな感覚で。
ですが、序文の通りイベントが細切れだったり、やり取りが中途半端に感じてしまい、中々キャラクターへの感情移入が出来ないままストーリーが進んでいた印象でした。
読み終わった後に何が残っただろうか…?
カトリック系のしきたりみたいなのも、もっと押し出しても良かったのかなぁと思いました。
今回のbest words
私は好きだよ、真白の声。何があっても、最期まで聞いていたいのは、真白の声なんだよ (p.17 彩音)
あとがき
彩音が男となった真白を受け入れられなかったのは、勿論身体的な理由もあるだろうけど、受け入れて強くあろうとする姿を応援出来ない自己嫌悪もあったのかも知れません。
まぁ、変わりゆく残酷さはあれど立ち止まっていても仕方ないのも事実で、それでも前を向くのは真白の強さなんだなぁと思いました。